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2026.02.05
14:36

テナントの原状回復と経年劣化|退去費用で揉めないための実務ポイント

テナント(店舗・オフィス)の退去では「原状回復=全部借主負担」と思われがちで、見積が高額になりやすいのが現実です。

ただし実務では、何でもかんでも借主が払うのではなく、「契約でどこまで戻す合意をしたか」と「経年劣化(通常損耗)なのか、借主の責任による損耗なのか」を切り分けて考える必要があります。

国土交通省の原状回復ガイドラインは賃貸住宅向けですが、

  1. 原状回復の定義
  2. 特約の考え方
  3. 経過年数の考慮
  4. 最小施工単位
  5. 入退去時の記録・開示

といった原則は、テナントの交渉整理にも応用できます。

この記事では、テナントの原状回復と経年劣化について詳しく解説していきます。

テナントの原状回復と経年劣化の基本|退去で損しない考え方

テナントの原状回復は、住居よりも「工事項目が多い」「指定ルールが多い」「スケルトン戻し等で金額が跳ねる」ため、揉めやすい分野です。

まず押さえるべきは、原状回復は“入居時の状態に完全に戻す”こととイコールではない、という基本です。

国土交通省ガイドラインは、原状回復を「通常の使用を超える使用による損耗・毀損を復旧すること」と整理しています。

さらに、通常損耗・経年変化まで借主負担にするなら「特約」の合意が必要で、その要件も示されています。

テナントでは特約が入りやすいので、契約と証拠が勝負になるでしょう。

テナントの原状回復とは|まず「戻し先」を定義する

テナントの原状回復は、住居と違って「どの状態に戻して引き渡すか」が契約で強く決まります。

スケルトンで借りたのか、内装付きで借りたのか、居抜きで引き継いだのか。

ここが曖昧だと、経年劣化の話に入る前に工事範囲がブレて揉めます。

ガイドライン自体は賃貸住宅を主対象にしていますが、少なくとも「契約で定めた使用方法に従って通常の使用をしていれば、そのまま返せばよい」という発想は、テナントでも“過剰な請求を見抜く軸”になります。

原状回復は「入居時に完全に戻すこと」ではない

退去交渉でよくある誤解は「原状回復=新品同様にして返す」になってしまうことです。

国土交通省ガイドラインは、原状回復を「賃借人の故意・過失、善管注意義務違反、通常の使用を超える使用による損耗・毀損を復旧すること」と定義しています。

つまり、普通に使っていれば自然に起きる経年劣化(色あせ、摩耗、設備の寿命等)まで全部戻す話ではありません。

テナントでは工事額が大きい分、「全部やり直し」の圧が強くなりがちです。だからこそ、まずは請求項目を分解して「どれが借主の責任で増えた損耗か」を確認する必要があります。

この誤解が起きたときの“切り返し”例
  • 「その工事は、借主の故意過失による損耗の復旧ですか?」
  • 「通常使用・経年劣化分まで含めた“特約”が契約にありますか?」
  • 「どの範囲を、最小施工単位で直す前提ですか?」(全面張替えの抑止)

テナントの「戻し先」4パターン|契約で先に固定する

テナントの原状回復は、実務上「戻し先」が主戦場です。

戻し先が決まらないと、経年劣化かどうか以前に、撤去すべき造作・設備の範囲が決まりません。

契約書だけでなく、引渡し時の図面・写真・仕様書・覚書まで含めて“セットで定義”するのが安全です。

代表的な戻し先パターン
  • スケルトン戻し:内装・設備を撤去し、躯体状態に近い形で返す
  • 事務所仕様戻し:床・天井・照明等を一定の仕様に戻す
  • 居抜き引渡し:次の借主へ譲渡する前提で撤去範囲が減る(条件付き)
  • 現状有姿(げんじょうゆうし):あるがまま引渡し(特約・合意が重要)
ここを確認しないと起きやすいトラブル
  • 「居抜きで次が決まったのに、スケルトン費用を請求された」
  • 「設備はビル側の所有なのに、撤去・更新を全部請求された」
  • 「契約書はスケルトンなのに、口頭で“内装残しでOK”と言われた」

経年劣化(通常損耗)とは|テナントで揉める理由と線引き

経年劣化は、建物や設備が時間と使用で自然に古くなることです。

ガイドラインでも「建物の価値は時間の経過で減少する」という前提に立ち、通常損耗・経年変化は原則として借主負担ではない方向で整理しています。

テナントでは、この“原則”よりも「特約」や「工事仕様」が優先される場面が多いので、経年劣化の扱いが契約にどう書かれているかが決定打になります。

つまり、経年劣化の議論は「物理の話」だけでなく「契約の話」でもあります。

経年劣化と「借主の責任による損耗」を分けるコツ

テナント退去での議論を簡単にするコツは、損耗を“原因”で二分することです。

ガイドラインは、原状回復の対象を「通常の使用を超える使用による損耗・毀損」に限定しています。

これをテナントに当てはめるなら、「普通に営業していて起きる範囲」か「管理不足・不注意・通常を超えた使い方で悪化したか」を見る発想になります。

たとえば、日焼けや通常歩行の摩耗は経年劣化寄りですが、清掃不足でカビ・腐食を広げた、重量物で床を破損した、油汚れを放置した等は借主側の注意義務が問われやすいです。

まずは“原因”を言語化できる状態にするのが勝ち筋です。

原因で分けるチェック(実務用)
  • 経年劣化(通常損耗)寄り:時間経過・通常使用で避けにくい
  • 借主負担(特別損耗)寄り:故意・過失、注意義務違反、通常を超える使用

「経過年数(減価)」の考え方はテナント交渉でも武器になる

ガイドラインは、借主負担を考える際に「建物や設備等の経過年数を考慮し、年数が多いほど負担割合を減少させる」考え方を示しています。

テナント契約では、スケルトン戻し等でこの考え方がそのまま通らないこともあります。

ただ、少なくとも「新品価格で全額請求が当然」という空気に対して、“価値は時間で下がる”という当たり前の前提を持ち込めるのは強いです。

特に、全面張替え・全撤去の見積が出たときに「その設備・内装の使用年数は?」「更新・減価の考慮は?」と質問できると、見積の精度が上がります。

経過年数を話題にするときの質問例
  • 「この内装(設備)は何年使用されていましたか?」
  • 「経年劣化を踏まえた按分(減価)の考え方は入っていますか?」
  • 「更新(グレードアップ)分が混ざっていませんか?」

特約があるときの注意点|テナントはここで決まる

テナント契約は、原状回復の範囲が特約で広がりやすいのが実情です。

ガイドラインも、契約自由の原則から特約自体はあり得る一方で、「通常損耗・経年変化まで借主に負担させる特約」は新たな負担を課すため、要件を満たさないと効力が争われ得る、という整理をしています。

テナントでは“当たり前の条項”として入っていることもあるので、署名したから終わりではなく「何に合意したのか」を読める状態が重要です。

ガイドラインが示す「借主に特別の負担を課す特約」の3要件

ガイドラインは、借主に特別の負担を課す特約について、要件を整理しています。

テナントの原状回復で経年劣化まで負担させる条項がある場合、まずこの3点で“合意の質”を確認すると、争点がクリアになります。

特約チェック
  • 特約の必要性があり、暴利的でないなどの客観的・合理的理由があること
  • 借主が、通常の原状回復義務を超えた負担を負うことを認識していること
  • 借主が、その義務負担について明確な意思表示(合意)をしていること

「指定業者」「工事仕様」「原状回復工事一式」は、金額が跳ねる三大要因

テナントでは、工事そのものだけでなく“運用ルール”で高額化することがあります。

指定業者しか使えない、工事時間が夜間に限定される、搬出ルールが厳しい、申請費がかかる。

これらは経年劣化とは別のコスト要因です。交渉では「工事の必要性」と「運用上の必須コスト」を分けて明細化しないと、見積がブラックボックスになります。

高額化しやすい条項・運用例
  • 指定業者(相見積もり不可)
  • 夜間・休日工事指定(割増)
  • ビル側への申請費・立会い費
  • 廃材搬出ルート・養生指定による追加費用
  • 原状回復の施工仕様(材質・グレードの指定)

見積が出たらここを見る|最小施工単位・内訳・証拠

退去時の見積は、金額よりも先に「内訳の粒度」を見てください。

ガイドラインは、原状回復は毀損部分の復旧である以上、可能な限り毀損部分に限定し、補修可能な最低限度を施工単位とするのが基本だと示します。

つまり“必要以上に広い工事”は、説明責任が発生しやすいということです。

テナントでも、全面解体・全面張替えが本当に必要なのか、部分復旧で足りない合理的理由があるのか、を質問する価値があります。

「最小施工単位」の発想で、過剰な“全面工事”をいったん止める

テナント退去では、壁・床・天井・設備がセットで見積に載りやすく、結果として「一式」「全面」になりがちです。

ここで“最小施工単位”の発想を持ち込むと、見積が現実的になります。

例えば、壁の一部の損傷で全面張替えが必要なら、その理由(色合わせ不可、同材が廃番、消防・ビル規定など)を明示してもらう必要があります。

理由が出ないなら、工事範囲の見直し余地があります。

見積チェックの質問テンプレ
  • 「どの部位の、どの範囲(数量)が対象ですか?」
  • 「その範囲が“全面”である理由は何ですか?」
  • 「最小施工単位(部分補修)では不可ですか?」
  • 「経年劣化(通常損耗)と切り分けた内訳はありますか?」
  • 「入居時の状態(写真・図面)と照合できますか?」

入退去時の記録が弱いと、経年劣化の主張が通りにくい

テナントでも「元からあった傷かどうか」「いつ発生したか」が曖昧だと、経年劣化の議論が空中戦になります。

ガイドラインのQ&Aも、入居時・退去時に当事者が立ち会い、チェックリストや写真で状況を確認しておくことが有効だと述べています。

テナントは工事額が大きいので、なおさら“入口の記録”が効きます。

最低限残すべき記録
  • 引渡し時の写真(全景+論点になりそうな箇所の寄り)
  • 図面・仕様書(スケルトン/内装あり、設備範囲が分かるもの)
  • ビル管理規定(工事申請・指定業者・工期制限)
  • 修繕のやり取り履歴(メール等)

トラブルを防ぐための実務フロー(契約前→入居中→退去時)

トラブルの多くは退去時に噴き出しますが、実際は契約前と入居時点で勝負が決まっています。

ガイドラインも、原状回復を“出口”ではなく“入口”の問題として捉え、契約条件の開示や、入退去時の確認を重視しています。

テナントでは、原状回復条件を別紙で明文化し、工事項目と負担区分を最初から可視化するのが特に有効です。

契約前:原状回復条件は「別紙・図面・仕様」で固める

口頭確認だけだと、担当者が変わった瞬間に前提が崩れます。

契約前に“戻し先”と“工事項目”を別紙で固めるのが最優先です。

国交省は原状回復条件や精算明細の様式例も公開しているので、書式化の参考になります。

契約前の確認チェック
  • 原状回復の戻し先(スケルトン等)は何か
  • 指定業者の有無、工事申請のフロー
  • 残置可の設備・造作はあるか(居抜きの扱い)
  • 原状回復範囲を示す別紙・図面があるか

入居中:経年劣化に見える損耗も「放置しない」が結局安い

経年劣化そのものは避けられませんが、放置すると“管理不足”と見られやすくなります。

例えば、結露・漏水・油汚れなどは、早期対応していれば軽微で済むのに、放置で悪化すると借主負担に寄りやすいです。

日常の清掃や、異常の早期連絡は、退去費用を下げる実務です。

入居中にやっておくと強いこと
  • 不具合はメール等で連絡履歴を残す
  • 漏水・結露・カビは“発生初期”で対応する
  • 定期清掃・グリストラップ等の管理記録を残す(業態による)

退去時:その場で即決せず「内訳の再提出」で交渉の土台を作る

退去立会いは相手主導になりやすいので、その場で金額確定しないのが基本です。

ガイドラインの趣旨に沿っても、負担は個別事情で判断されるため、内訳の精査が必要です。

まずは「一式」を分解し、「どの損耗が借主責任か」「経年劣化が混ざっていないか」「最小施工単位か」を確認しましょう。

まとめ

テナントの原状回復は高額になりやすい一方で、整理の軸はシンプルです。

まず「契約で戻し先をどう定義しているか」を固め、次に「経年劣化(通常損耗)か、借主の責任による損耗か」を原因で分けます。

さらに、特約があるなら“合意の中身”を確認し、見積は最小施工単位と内訳で精査しましょう。

この流れだけで、不要な支出や不毛な対立を減らせるはずです。

【監修者】松岡 祐希

株式会社オールメイク代表。

兵庫県を中心に全国各地の美容室・サロン・飲食店・病院・オフィス・クリニックなど店舗の内装工事をしています。 自社でも運営してる美容サロンなどもあるので、配置含めて設計図のパズルは得意になります。